ポケットに入れる=ドロボー?

首題は、日本に来てから新たに認識した、新しい常識。時間をかけて実証する必要もあると思いますが、この「ポケットに入れる=ドロボー」という概念の現れから頭に受入れるまでの過程を通して、国の文化、家族の文化、個人の考えの間に横たわる違い、一見細やかだが実に超越できない、共存できない、許し合いできない、どちらかを変革させるしかないほどの大きいギャップについて、痛感し、認識を改めました。

日 本が好きな一外国人として来日し、色々なショック、恐怖、攻撃、差別の山々を通して、日本で結婚し、子供をつくり、やっと我が家を持つことになり、希望の 溢れる新しい生活を向かうことになりました。男としては、家族を守れるかどうかの不安がある中、近所方々の優しく明るい笑顔を見て、一安心しました。
IT業界の会社員として忙しい日々を送る中、子育てはほとんどタッチできず、子供二人の教育負担を家内一人が黙々と食いしばって背負ってくれています。
我が家は日本では親族はいません。幸いなことに、近所に優しい家族が多くて我が子の面倒をも一緒に見てくださったりしています。地元の方々にとっては普通なことかもしれませんが、わたくしの立場からは、遥かに貴重なお受け容れであり、毎日感謝、感動を感じています。

このような状況の中である日、不意なことが起きました。まるで神様にヤキモチされたように、この平穏、幸福な感覚は突如に消え、一瞬な幻なように定格し、夢を見たのか……のように。性格が穏やかで万事無事のわたくしは、昨夜、不眠に陥りました。

さ、子供が人のものを自分のポケットにものを入れれば、ドロボーになるのでしょうか。

そ の時のケースbyケースでしょう、と冷静に疑うかたも見えました。特に子供は、欲しい時に悪意なしていれたり、入れて見たりする。または、たくさんのオモ チャを運ぶため一時に入れたりする。そのまま返し忘れる。などなどたくさんの可能性があると思います。発見するとき注意してあげ、直らなければルールを付 けるなどの対処方法もあると思います。子供はおそらく、ポケットに入れることについてさほど盗みたいからだと思わないでしょうが、それを直す必要はあると 考えます。
しかし、ポケットに入れた!っと発見するとき、ドロボーだ!っと言う必要、または認めてもらう必要はあるのでしょうか?
人のものを自分のポケットに入れることは、あなたにはなかったでしょうか?小さい頃のことについて覚えていない我々は、お母さんに聞かなければわからない でしょう。なお、この行為はドロボーなのか、単なる一時動作なのか、大人にとっても判断しづらいことでしょう。なお、文化、習慣、場所にもよるでしょう。 親しい家、または親族の家では、ポケットに入れてだし忘れても問題ないが、あまり知らない場所または偏見の考えのある雰囲気にいれば、要注意でしょう。や はり、どこでもポケットにものを入れない!のが、この不信が満ちる世界の中で、自己保護になりますね。
ここでは、子供には、ポケットに入れることは悪かった!ポケットに入れたらドロボーとして見られても仕方がない!、を認識してもらうのは必要だと思います が、僕はドロボーだ!っと思い込んでもらうまで責めることは必要ないと考えます。子供は将来があるものですので、自分の子供にはそうだが、他人の子供に対 してはなお配慮する必要があるでしょう。

わたくしは自分の子供に対して、以上のことを気にしながら教育しました。悪いところは認めてもら い、自分がドロボーだというような間違った思い込みを回避させました。親としては内心の怒りと戦うのが心苦しいですが、このタイミングこそ怒らず、冷静し て正しい方法を指差してあげ、見守ってあげるべきだとおもいます。

ところで日本に来てからずっと家族の養いに忙しいから、妻の心のケア、子供の心の育成に、ほとんど手をかけませんでした。最近から自覚し、改善しつつありますが、これからもっと家族と一緒にいる時間を作りたいと思います。
子供のフォローを母親だけでなく、父親としてもしっかり顔を出すべき、なお我々の妻も、毎日の家庭の負担を負いながら、心の悩みに包まれているかもしれま せん。ぜひ耳を澄まして傾聴して上げ、出来る限りのフォローをしましょう。男たちは、あまり奥様一人を外の風雨に合わせ過ぎないように、冷静、堅牢な家庭 の柱になるべきでは、ないでしょうか。

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